トピックス
No.390【人は能力が及ばなくなると「逃げる」「言い訳」をする】-2005.1.25
更に読む...
 
Home
No.1022 ≪西日本豪雨災害 お見舞い申し上げます≫-2018.7.11

No.1022 ≪西日本豪雨災害 お見舞い申し上げます≫-2018.7.11 目加田博史

 

76日~10日にかけての西日本豪雨災害で、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々の平安をお祈りいたします。
だれもが「まさか、こんなことになるとは思わなかった」というのが正直な気持ちでしょう。
避難指示が出ていたにも関わらず避難しなかった責任を感じておりますが、我が家の防災対策の見直しの必要性を改めて痛感しました。従来から継続している町内会活動への参画がその一助となると思っております。

さて、アメリカと中国の関税合戦が激しくなっておりますが、実際に実行されれば、日本への影響も少なからず出てきます。米中間の貿易は、アメリカの対中輸出が1164$、対中輸入は4367$で、合計貿易額は5531億$(約61兆円)になります。これは、日本の貿易額12520$(輸出6449$、輸入6071$)の45%にも当たります。
また日中間の貿易は、日本の対中輸出が1167$、対中輸入は1317$で、合計2484$で、日本の総貿易額の約20%を占めます。
日米間の貿易は、日本の対米輸出が1335$、対米輸入は720$で、合計2055$で、日本の総貿易額の約16%を占めます。
日本からすれば、貿易額の1位が中国、2位がアメリカで、この2国が貿易戦争を始めるわけですから、成り行き次第では、大きな変化が起きること間違いありません。
一方で、アメリカの中間選挙までのポーズという見方もありますので、中小企業としては、防災準備のやりようがないのが実情です。できることは、ベースとなる安定顧客基盤を強固にすることと、その数を増やすことに尽きるでしょう。さらに商品やサービスの品ぞろえを充実させることと、顧客に寄り添える人材育成を図ることだと思っています。

一方、中国が強大な権力を持った習近平体制に入ることで、かっての「皇帝」と同じ軌跡をたどるのではないかと思います。いくら強大な権力を持っても、一人の人間であることに変わりありませんから、崩壊のリスクが高まったように思っています。
荀子の子道篇に「身を張って諌言する家臣が4人、超大国にいれば、領土を削られるような失態はしない。身を張って諌言する家臣が3人、大国にいれば国は危険にさらされない」という名言があります。習近平政権の4人の諫言者がいるかどうかわかりませんが、中国の歴史を見れば、多くの王朝で権力があるが故の崩壊劇をくりかえしていることからも、日本の対応策が垣間見えるのではないでしょうか。

今から1500年前のこと。646年、当時の権力者である蘇我氏を排除し、中大兄皇子が中心となって、政治改革を起こし、初めて元号を定めて大化の改新としました。親密国であった朝鮮半島の百済国は、高句麗と新羅に囲まれ滅亡しました。百済国の遺臣が政権を樹立し日本に救援要請をしてきたので、663年、中大兄皇子は母である皇極天皇を説得して、半島に出兵し、白村江の戦いで唐・新羅軍と交戦しました。結果は惨敗で、命からがら逃げかえり、唐・新羅軍の来襲に備えて九州に防人を配置し、都は少しでも遠くへと、大津に遷都しました。それほど怖かったということです。
しかし、その間、唐との文化交流・人材交流を兼ねた遣唐使は、907年に唐が滅びるまで頻繁に行き来していました。朝鮮半島は新羅が統一し、935年に滅亡するまで統治しました。

日本と半島と大陸との力関係は、ほとんど、変わることなく、今も同じような状況にあります。1895年に日清戦争で日本が勝利してからは変化が生じましたが、戦後は連合国側にいる中国との距離感は、大和朝廷時代の関係と酷似しているように思います。日本はその間、政治的・軍事的には一定の距離を置きながらも、文化面・経済面では活発な交流がありました。中国が皇帝体制に近付けば近付くほど、約1500年前の歴史が、将来のロードマップになるのではないかと思っています。

アメリカは、宗主国のイギリスの植民地から独立し、王国や帝国の弊害を除去し、民衆の智慧を結集することで建国した合衆国ですから、トランプ大統領といえども皇帝にはなりえない国です。完全な法治国家ですから、いずれ大統領は変わるでしょう。第一次世界大戦までの覇権国イギリスは、ヨーロッパ大陸で失敗し、財政的に破たんした結果、覇権国はアメリカに移り、今に至っています。もうすぐ、100年になります。覇権国の寿命はせいぜい100年ですから、そろそろ次の覇権国あるいは覇権会社になるかもしれません。IT王国が誕生するかもしれないからです。

日本は、様々な世界の潮流と変化の中で、建国後2678年間、存続しています。ダーウィン先生の言葉を借りれば、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」と言っておられます。常にアンテナを張り、情報を収集して、変化してゆきましょう。

 

 
No.1021 ≪相手中心の生き方≫-2018.7.4

No.1021 ≪相手中心の生き方≫-2018.7.4 目加田博史

 

欧米では、目上の方への贈り物をする時に、「つまらないもの」は贈りません。だから、「あなたは素晴らしい方です。私は、方々探し回って、あなたにふさわしい素敵なものを見つけました。きっと気に入っていただけるでしょう」と言って贈ります。常に「私」が中心です。
私たち日本人は、「あなたは素晴らしい方です。あなたが立派すぎて、方々探し回りましたが、あなたに贈るには、どのようなものもつまらないものです。どうか、お納めください」と言って贈ります。常に「相手」が中心になっています。

ある研修会で、講師が聞きました。「笑いと笑顔の違いは何か」という質問です。あなたは、どう答えますか? 私は、一瞬、答えられませんでした。英語でいえば、笑顔はスマイルsmile、笑いはラフLaughで別物です。例えば、「いらっしゃいませ。ワハハ」となると気分悪いですね? 「(笑顔で)いらっしゃいませ」は気持ちよいですね。笑顔は、相手のために、笑いは自分のために、と捉えると「なるほど」と思いませんか?

通販で注文した宅配便が留守の時に届き、不在票が入っていました。「留守をしていて申し訳ありませんでした。御手数かけて申し訳ございませんが、再度配達していただけますか」という考え方と、「(期日指定できなかったので、いつ届くかわからないのだから、受け取れなくても私のせいではありません。受け取るまで取引は成立しないのだから)再度配達してください」という考え方とどちらが心地よいですか?
私たち日本人は、「買わせていただいている」という思いが強いので、熱い中を無駄骨を折らせてしまった運転手さんに「申し訳ない」という気持ちを言葉にすると皆が気持ちよく過ごせると思いませんか?

外国では部屋に入っても履物を脱ぐ習慣がありませんので、玄関や入口に履物が並んでいる光景は見かけませんが、日本では、日常茶飯事に、履物を脱ぎますので、履物が並んでいる場面が多々あります。
その時に、履物をそろえる方とそうでない方がおられます。その揃え方も、入船でそろえる方と出船でそろえる方がおられます。宴会場の係の人は、乱雑に脱ぎ散らかされていても、ちゃんと出船に揃えてくださいます。
しかし、私たち日本人は、係の人の手を煩わせないように、自分で出船にそろえる習慣が身についています。
仕事の貴賤ではなく、場や相手への敬意がそうさせます。「金を払っているのだから、それぐらいやって当然」という考え方と、「利用させていただいている」という考え方では天地の違いが出てくると思いませんか?

「あいさつが示す人柄 躊躇せず先手で明るくハッキリと」(セブンアクトより)という標語があります。挨拶の本質を実に簡潔に表しています。挨拶訓練でよく使われる「ヨイオアシス」(よろしくお願いします、いらっしゃいませ、おはようございます、ありがとうございます、失礼します、すみません)は、すべて、自分以外の方にするものです。だから、先手で、明るく、はっきりとしないと意味がないのです。
新入社員研修では、必ず数人が、あいさつの声が小さいので注意することがあります。すると、彼は、「しました」と大きな声で反論します。挨拶は自分にするものなのかと聞くと、「いいえ」という。だったら、相手の人がわからないと意味ないよね?というと、「そうですね」という。もう一回やろうというと、「ハイッ!おはようございます」と彼。いいねぇ、その調子。それなら相手も振り向くよというと、「ハイッ!」。

「ハイッ!」と元気な返事は心地よいですね。これは誰にするのでしょうか? もちろん、呼びかけた方にします。その方への敬意の表れです。不思議なことに、「呼ばれたら返事する」という簡単なことが、大きくなるにつれてできなくなります。社会人になると、名前を呼ばれて返事ができるのは、入社半年ぐらいまででしょうか。
役職がつくとできなくなり、課長、部長、取締役、常務、専務と昇格するにつれてできなくなります。社長、会長は勉強されている方が多いので比較的、返事ができます。呼ばれても、顔だけ、こちらに向ける方も多いですね。頭だけぴょこんと下げて、反応する方もいます。
呼ばれたら、間髪入れずに、「ハイッ!」と元気の良い声で返事できる人は、必ず成功します。保証できます。
「ハイッ!」と返事できるのは、素直で謙虚だからです。そして、人に対する尊敬の念の表れだからです。このような人を周囲の人はほうっておきません。

席を立つときに、椅子を中に入れることができる人は意外に少ないです。人間の勉強ができている方は、椅子を中に入れることができます。「立つ鳥跡を濁さず」ということわざがあります。一つ一つの行動を締めくくり、主催者と場に敬意を表すためです。椅子を中に入れても入れなくても、その差は数秒です。しかし、あなたへの評価は180度違います。もし、社員に採用するなら、もし、結婚するなら、どちらを選ぶかは自明です。

日本を美しくする会の相談役である鍵山秀三郎氏は、ホテルに泊まっても、チェックインするときよりもきれいにベッドメイキングされます。部屋に設置されているアメニティグッズは使われません。すべて自分で持ってこられます。「来た時よりも美しく」人知れず裏方でベッドメイキングして下さっている方への感謝と尊敬の表れです。私たち日本人の心意気もこうありたいものです。

生きているのではなく、生かされている。私たち日本人は「本を忘れず、末を乱さず」を心がけ、ご先祖を大切にし、子孫繁栄を願っています。「今、ここ」にいる私たちは、先代からバトンを受け、次の世代への橋渡しすることが使命です。近江商人は浄土真宗の地にあり、阿弥陀様に見守られているという慎みの中に「ありがたい、おかげさまで、かたじけない、もったいない」が基本言動となりました。
相手を中心に置いた生き方をしたいものです。

 

 No.1021 相手中心の生き方.pdf

 
(C)2005 建設業経営コンサルタント 目加田経営事務所 組織活性化、売上げ向上、コストダウン、ISO取得支援、ビジョン策定のお手伝い 沖縄 大阪 京都. Powered by Mambo. Designed by MamboTheme - Mambo professional templates!